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5月25日の講演会でお話しすること

 だいぶ前、この日に講演することをお伝えしました。複数のブログ読者から「自分も参加したい」という申し込みがあり、主催者の了解を得て参加できることになりました。

 その講演会の簡単なレジメは以下の通りです。もし参加したい方があればメールをください。夕方6時30分から、場所は東京です。

一出版人が見た日本の政治社会
──日本共産党の役割はどこにあるか

 はじめに 対応次第では多数者になれる現状

一、憲法九条をめぐって
1、改憲への動きはやまないけれども
2、「非軍事」の強調と「自衛」への責任の強調と
3、改憲派の「希望」だった拉致問題への取り組み

二、日米同盟をめぐって
1、同盟強化、秘密保全法などの動きはあるけれど
2、同盟強化路線への根強い反発をどう組織するか
3、日米同盟に代わる「九条の軍事戦略」の必要性

三、経済社会をめぐって
1、小泉改革、橋下改革への熱狂が示すもの
2、個別課題とともに「原理」変更の打ち出しが必要
3、「原理」を日本の土着の言葉で語れるか

 おわりに 日本共産党の深さと豊かさを知る


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普天間基地に関する写真と資料

 本日、沖縄返還40周年です。ということで特別サービス。

 この日に向けて、『対論 普天間基地はなくせる』をつくりました。サブタイトルは「日米安保の賛成・反対を超えて」で、著者は伊波洋一さん(元宜野湾市長)と柳澤協二さん(元防衛省局長・内閣官房副長官補)。

 この本の表紙の裏に掲載している写真と資料をアップします。これを使ってもらうのもいいですが、本自体が600円(+税)と安いので、是非、購入してくださいね。

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橋下さんを大きく描きすぎ・下

 大阪の教育条例の顛末について、いろいろな評価が可能だと思う。人や立場によって違うだろう。

 前回紹介した本を書いた志水さんは、「五分五分」の結果だといっている。だけどもちろん、10負けそうなところを5つ押し返したということであって、5つは負けている。負けの領域にあることは疑いない。だから志水さんは「延長戦」でがんばろうという立場。

 一方、市民運動のなかには、そういう「妥協」を嫌う部分がある。ゼロまで押し返さないと敗北であって、5つでは一切評価できないという人もいる。

 実際、5つで妥協したことで、教育委員の側は、それを承認したことの結果を受け入れねばならない。それ以上のものを求める根拠を失ったわけだ。

 それに、少しでも改善部分があると、教育条例が全然ダメだといいにくくなる。だから、妥協したことによって、かえってゼロまで押し返すことが難しくなったという立場もあり得る。

 しかし一方、じゃあ、あのとき教育委員の側が対案を示して橋下さんとやり合わなければ、当初案通りのものになったわけだが、本当にそれで良かったのかという問題もある。ことは子どもの教育に関する問題であって、ゼロにもどすために何年間かかるかわからないのに、その間、少しでもましな環境で子どもが育つようにした方がいいのではないか、という考え方も成り立つだろう。

 ということで、いつもと同じく、あまりはっきりとしたものの言い方はできない。何かいえるとすると、私は、立場が違えば対応も違って当然だという考えである。

 市民運動が、100%の理想をめざし、妥協を排して闘うことは当然だろう。同時に、行政の内部に入って、少しでもよくするために頑張る人がいても、それはそれで当然だろうと思う。この両者の関係がうまくいくなら、それにこしたことはない。

 脱原発でも同じこと。橋下さんでは絶対にダメだといって、いっさい肯定的に評価しない市民運動があってもいい。でも、同時に、戦略エネルギー会議に入ることによって、自分の考えを少しでも大阪の方針に反映しようと努力する人がいてもいい。その両者の関係がうまくいくかどうかは、問題の全体をとらえることのできる政治指導者がいるかどうかに、結局はかかっているのだろうけど。


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ビジネス書の出版社になりたい

 昨日、大阪の心斎橋に行って、秋に出すビジネス書の打合せ。何といったらいいでしょうか、大阪人のなかには、アメリカのMBAに毒された東京の企業経営を、何とかして見返してやろうと思っている人が多いんですね。

 要するに、企業経営って、人(従業員とかお得意さんとか)の気持ちが分からないとできないのではないのかというのが、昨日の打合せの中心でした。MBAで勉強したからって、そういうことは教えてもらえないだろうと。

 その前の日、大学の経営学部長さんとお話ししたときも、同じような話題になりました。その大学では、だから、京都のすぐれた企業の紹介本をシリーズで出そうとか、あるいは日本独自の経営のやり方でうまくいっている企業を研究し、本にまとめようとか、そんな計画があるそうです。

 この時代、そういうのが求められているのかもしれませんね。企業がしっかりしないと日本は沈没しますからね。どうやったら企業がそれなりにもうけて、しかも従業員や消費者や自治体にも歓迎されるのか、そういう探求を、左翼がすべき時代なのかも。

 ということで、それらのシリーズを、是非、うちの会社で出したいと希望を出しておきました。だって、すぐれた京都や関西の企業を紹介する本なのに、東京の出版社が出すって、おかしいでしょ。

 まあ、うちの会社も、ふつうの企業よりもっと東京一極集中が進む出版界のなかで、同じような立ち位置なんですよ。はっきり言って、出版社って、東京にいないと損ばかりします。

 たとえば、できあがった本が書店の棚に並ぶのだって、東京の出版社より数日遅れるんですよね。だから、3.11に間に合わせようと思ってぎりぎりになってしまうと、ほんと、普通にやれば並ばない可能性もあるんです。並ばせるためには、それなりの犠牲を払うことを求められます。

 でも、このグチャグチャした東京にいるより、京都に本社があることで、物事を透徹した目でみることができているかもしれません。お金には換算できない利点というものがあると思うんです。

 ビジネスで成功するためには、かもがわ出版の本を読むのが不可欠ということになったら、日本の変革の事業に貢献することになるでしょうね。そういう時代をつくってみたいなあ。


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橋下徹さんを大きく描きすぎ・中

 前回、脱原発問題で大阪の戦略エネルギー会議に参加している人のことを書いたけど、それを別の問題で考えてみたい。教育基本条例の問題である。この問題は、橋下「独裁」の象徴的な問題であって、どうしても検証しておかねばならない。

 橋下さんが教育基本条例を出したとき、大騒ぎになったことは記憶に新しい。教育目標は知事が決めるとか、知事の言うことを聞かない教育委員は罷免するとか、教員評価で下から5%を2年連続で続けたら免職するとか、まあ無茶苦茶だったから当然である。市民ばかりでなく、教育委員会でさえ、総辞職も辞さないという態度をとる。

 その反対世論に対して、橋下さんは「選挙で決着をつけよう」と訴え、選挙になった。私もそうだが、少なくない人が反橋下統一候補の誕生を望み、そうなったが、結果は橋下さんが完勝した。

 その結果を受けて橋下さんと教育委員会の話し合いがもたれ、橋下さんが「満額回答」と評価した基本条例の案が出来上がり、議会で可決された。おおよそ、そういう筋だったと思う。

 それで、読者のみなさんは、可決された条例はどんなものになったか、ご存じだろうか。橋下さんが当初構想したものと同じようなものが可決されたと考えているのではないだろうか。教員の罷免条項がなくなったことは、最高裁判決もあったので私も知っていたが、それだけではなかったのだ。最近、岩波ブックレットで出た『検証 大阪の教育改革』(志水宏吉)を読んで、その全貌を知った。

 志水さんは、大阪大学の教授。その志水さんによると、当初の条例案に対して、教育委員会が総辞職するのではなく対案を示して闘うことになり、その結果、条例案はかなり修正された。志水さんのまとめは以下の通り。

1、教育目標の問題。「知事が決める」というのが知事の案だったが、府教委は、「知事と府教委が共同して教育振興計画をつくり、それを議会で議決する」という対案を提示。結果は、「共同」してつくるのではなく、「協議」してつくるということになった。その両者が対立した場合は、知事が決めるが、府教委意見を付して議会に提出し、それを議会が審議して採択することになった。

2、教育委員の罷免問題。「言うことを聞かない教育委員を首にする」というのが知事の当初案だった。府教委は、「委員自身が自己評価を行った上で、それをもとに知事が判断する」という案を提示した。結果は、府教委案がそのまま通ることになった。

3、府立学校の統廃合問題。「3年連続で定員割れすれば統廃合」というのが当初案だった。これに対し、府教委は、「地域特性を考慮し、効率的・効果的配置に努める」ことを提示した。結果は、「統廃合」という文言が削除され、「再編整備」するということで落ち着いた。

4、校長の公募問題。当初案は、校長全員を任期制で公募するというものだった。府教委は「採用枠を増やす」程度にとどめようとした。結果は、「定年退職であいたポストは内外から公募するということになる。

5、学区の再編問題。学区のワクをすべて取り払うのが当初案。府教委は、「生徒・保護者の意見を尊重しながら総合的に判断」するものにしようとした。結果は当初案通りで、府教委の努力は実らなかった。

6、教職員の人事評価問題。教師が100人いたとして評価で最低の5人という状態を2年つづけたらクビにするのが当初案だった。府教委は、100人のうち5人は必ず最低評価というのでは(相対評価)、100人全員が努力して実力を向上させてもそれが反映されないので、相対評価ではなく絶対評価にすることを求めた。それに「生徒らによる授業評価」を取り入れるという案。結果は、絶対評価をすることになり、生徒の授業評価も実施されることとなった。なお、職員基本条例は、相対評価の方針が堅持されていr。

7、教職員の処分問題。当初案は、職務命令に5回、同じ職務命令に3回違反した教職員は免職。府教委案は、処分基準は別の条例で規定するというもの。結果、免職規定は、今回の条例にはない。

 さて、この結果を、みなさんはどう判断するのだろうか。(続)


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もし・マル・ドラは順調

 本日、某大学に行ってきました。そこの経営学部長さんにお会いするのが目的。

 ずっとこのブログを見ている人には分かるだろうけど、あの本のことです。「もしマルクスがドラッカーを読んだら」です。

 この学部長さんに講義をしてもらってから、すでに1年近くたっています。もう、この本はできないのかなと思っている方も、いるのかもしれません。

 だけど、大丈夫です。本日、この本ができあがる展望について教えていただき、先が見通せました。アキには出せると思います。

 その方と議論したのですが、この本、ますます大事になっていると思います。管理という問題が、政治社会の焦点になっているからです。

 たとえば、大阪の橋下さんの問題も、同じですよね。知事による職員や教員の管理をどうすればいいのかということです。

 橋下さんは、上が目標を決めて、それを下々のものが遂行するという関係を思い描いているようです。そして、それに従わないものは処分する。

 でも、そういうやり方って、少なくともドラッカーの考え方とは正反対です。それを明らかにするのが、この本で解明される中心問題です。

 ドラッカーって、何か数値目標をたてて、それに社員を従わせるやり方に猛反発していたそうです。目標というのは、上か決めて下に押しつけるものではなく、下から自主的に決めていくものだというのが、ドラッカーの神髄なんですね。

 そういうことって、たんに会社のあり方の問題ではありません。労働組合をはじめとする諸団体も、どうやれば「管理」がうまくいくのか、数値目標でしばるのが「管理」だと勘違いしていないのか、よくよく考えなければなりません。

 マルクスがドラッカーを読んだら、社会主義における企業の管理の問題で、新しい解明をしていたかもしれません。それにとどまらず、労働組合とか政党とかをふくめ、団体の管理のありようについても、すごく問題意識をかりたれられたのではないでしょうか。

 そんなことを考えると、わくわくしてきます。この本、お買い得です(きっとね)。


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橋下徹さんを大きく描きすぎ・上

 昨日から京都。土曜日まで、いろいろな方とお会いする予定。

 本日、ある方と、少し議論になったことがある。橋下さんの脱原発問題にかかわることだ。

 よく知られているように、現在、大阪府と大阪市にエネルギー戦略会議が置かれている。そこが、大飯原発再稼働の8条件などを議論し、整理し、提示しているわけである。

 そして、その会議には、これまで脱原発を主導してきた著名な学者、研究者、市民運動家も参加している。私なんか、何年もブログをやっているけど、原発問題の記事は3.11が起きるまで書いたことがないという素人である。いま、脱原発を主張し、頑張っている方々のなかには、私と似たような人もいるだろう。

 エネルギー戦略会議に参加しているのは、そういう付け焼き刃の脱原発派ではなく、本格的な脱原発派である。そんな方々の努力によって、橋下さんの脱原発の主張は支えられている。

 ところが、本日会った方によると、そういう見方は少数らしい。「あんなに立派な方々が、なぜ橋下さんに取り込まれたのだろう」というのが、おおかたの見方らしい。まあ、このブログのコメント欄でも、そういいう人がいたから、それが多数派なのかなあ。

 でも、なぜ、そんな見方ができるのだろう。私とか、にわか脱原発派がだまされ、取り込まれるというのなら、そういうこともあるかなとは思える。だけど、どの方も、脱原発のためには何が必要かということを、何十年も考え、訴えてきた方なのである。私には、そういう方々が、いともたやすくだまされ、取り込まれるということが、そう簡単には信じられない。

 何か根拠があって、そういうことを言っているのだろうか。それとも、根拠はないけれど、橋下さんが相手だから、そういう見方になるのだろうか。

 率直に言って、それって、橋下さんを偉大な人物として描きすぎだと感じる。橋下さんというのは、普通の庶民をだます力をもっているだけでなく、すごく立派な見識をもった人をもだますだけの力をもった人物なんだと、恐れ、敬っていないと、そういう発想は生まれないのではないか。まあ、そういう方は、自分だけは絶対にだまされないというのだから、すごくすごくすごく立派なのだろうけど。

 私には、橋下さんも、ただの人の子のように見える。欠点も多いが、長所もないわけではない。必死で自分の考えを多数のものにしようと日夜時間を惜しんで突っ走っていて、間違いも多いが、ときおり当たることもある。

 だから、こちらも、多数を獲得するために、批判すべきことは批判し、賛成すべきことは賛成し、利用すべきことがあったら利用するべきではないのか。巨大な人物像を勝手に思い描いて、恐れたり、何でもかんでも批判したり、対応するのではなく、普通の人と人との関係を築くことが大事なように思う。

 これって、原発問題だけで言っているのではない。教育問題もそうなのではないか。(続)


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プロフィール

Author:松竹伸幸
(まつたけ・のぶゆき)
日本平和学会会員(日本外交論)
某地方出版社東京オフィス所長

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