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きょうからアフガン和平東京会議

 ほとんど知られていないことだが、きょうから標記の会議が開かれる。マスコミは入れないので、あまり報道もされないだろう。

 だが、重要な会議である。アフガニスタン問題にかかわる国連、アメリカ、NATOその他の関係者が集まり、打開の道を探る。最終的にアメリカとタリバンの和解を実現するため、どういう筋道が必要なのかを、実務者が話し合う。

 議長をつとめるのは、元フィンランド大統領のアハティサーリさん。昨年、ノーベル平和賞を受賞した方だ。

 受賞理由は、インドネシアのアチェ州をめぐる長年の紛争を解決したからだ。アチェの人々は、イスラムの原理的な立場から独立運動をしてきたのだが、それとインドネシア政府を和解させた。

 そういう実績が、アフガニスタン問題の解決のためにも不可欠だと考えられた。その結果、会議の議長に引っ張り出されたわけである。

 この会議、私のブログによく登場する伊勢崎賢治さんが、2年間にわたって準備してきたものだ。和平構想をつくり、個人的なつてで、アフガニスタンのカルザイさん、タリバンの幹部、パキスタンの情報部長官、ホワイトハウスのアフガン対策チームや駐アフガン大使、NATO関係者などを説得し、合意をとりつけてきた。その過程で、賛同が広がり、会議のお金を出すところもあらわれた。

 危険な地域も多かった。だから、個人で保険をかけて行ってきたのだ。アフガン和平のため、なぜ命をかけられるのだろうと、誰もが不思議に思うのではないだろうか。

 この会議は出発点にすぎない。会議の合意をもとに、和平構想の実現をこれから働きかけていく。日本政府に対して、この構想への関与を呼びかける。

 大胆な構想だけに、国民世論の支持が不可欠だ。左右両派にとまどいや反発が生まれるかもしれない。そこで、この構想の内容、その意義、実現する条件、伊勢崎さんの覚悟などについて、本にまとめて世に問いたい。

 来年初頭、緊急出版かな。よろしく。


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世界と日本を出版の現場から見る

 昨晩、こういうテーマで、東京・日野市で講演してきた。共産党の中野昭人市議の事務所主催である。

 2年9カ月ほど前、同じ場所、主催者で、「護憲のための幅広い共同を」というテーマで講演したのだ。その際、私が出版社に入って、最初につくった『我、自衛隊を愛す 故に、憲法九条を守る』の出版直前で、その本を題材にしてお話しした。

 今回は、それ以降、たくさんの本をつくったので、材料には事欠かない。アフガン、拉致、憲法その他、いろいろな分野のお話しをした。

 なかでも、やはり普天間は、大きなテーマである。正念場だと思うので、何をどう言うのか、いろいろ考える。

 このブログでも、私の記事に対し、まったく別の角度から、批判がある。ある人は、「現実の把握ができていない」と私を問題にする。別の人は、「日米安保の永続化」に私が賛成しているのではないかと心配する。両翼から批判があるのは、両翼が普天間問題のどこで一致できるか考えている私としては、狙い通りである。

 きのうの講演の際にも紹介したのだが、その朝の朝日新聞の社説。沖縄の人びとの苦しみにどう応えるのかという一つの軸があった。同時に、鳩山さんがぶれているのは、「日米同盟の信頼性」を傷つけるのではないかという、もう一つの軸があった。

 これは、いまの世論を象徴していると思う。沖縄の苦しみは、多くの国民がなんとかしたいと思っている。県内移設反対の世論を理解している。だから私は、どんな県内移設にも反対である。

 これほどまでに苦しんでいる人びとに対し、さらにこれからも苦しめということは、たとえ現実的でないと言われても、私は賛成できない。というより、地元の人びと多数が反対する案が、現実的だと思わない。実際、辺野古に決まってから、何年間もたつが、着工できないのだから。世論そのものが現実なのである。

 同時に、多くの国民は、普天間をめぐる日米の議論が、安保そのものを揺るがすのではないかと心配している。安保廃棄派から見れば、信頼性が傷つけば傷つくほど「よしよし」ということになるかもしれない。しかし、そういう態度をとっていては、安保廃棄派は、普天間問題を解決したいのではなく、これを材料に安保廃棄にもっていこうとしているのだと思われるだろう。それは、普天間問題の世論を冷え込ませることになる。

 安保廃棄を主張するなと言っているわけではない。北朝鮮問題などを前にして、へたくそな安保廃棄の主張では、かえって逆効果になるのだから、普天間問題とは相対的に区別するとともに、国民多数の理解と共感を得られるだけの本格的な主張でなければならないということである。

 あるいは、安保廃棄派には、実際に、北朝鮮の無法に立ち向かう行動をしているかどうかも問われる。たとえば拉致問題で、地域ではどんな主張をおこない、チラシを配り、対話をしているのかも問われる。そうやってこそ、ようやく、国民の目が安保廃棄派に向けられてくるのではなかろうか。


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普天間再論、正念場は二度ない・下

 きのう、日米核密約の「討論記録」のことを書いたら、きょうの朝刊(朝日や産経)に、その記事が載っていた。「討議記録」と訳されていたけど、同じものだ(Record of Discussion)。

 ようやく、外務省は、核密約を明るみに出すハラを固めたらしい。ただ、それと同時に、アメリカの核は日本の平和にとって必要だという大合唱がはじまるだろうから、よくよく準備しておかねばならない。まあ、これは、別記事で。

 その「討論記録」を見ると、在日米軍基地の役割について、日本政府は以前、かなりリアルに見ていたことがわかる。つまり、日本の平和のためになるどころか、日本を戦争に巻き込むものだという認識である。

 60年の新安保条約で事前協議制度が取り入れられた理由の一つは、そこにある。以下、文書からの引用だ。

 「(新安保)条約交渉は、1958年の台湾海峡の金門・馬祖事件を背景ににおこなわれたので、双方は、合衆国が在日基地から、または在日基地を通って、極東地域に軍隊を戦闘配置する必要が生じることを、きわめて明確に認識していた。日本側は、日本の安全が脅かされていない事態でありながら、合衆国の在日基地使用から生じる敵対行為に、日本が巻き込まれるかもしれないことに懸念を抱いていた。日本側の考えでは、金門・馬祖事件はまさにそうした事態であった。このような理由で、日本政府との事前協議なしに日本から『戦闘作戦行動』をおこなわないよう、日本政府は主張した」


 昔は、台湾海峡の問題でアメリカが軍事行動を起こすことについて、日本政府は、かえって日本の平和を損なうと見ていたのだ。隔世の感がある。

 この認識の決定的な変化が文書の形をとってあらわれたのは、1969年の日米首脳会談(佐藤総理とニクソン大統領)だった。この会談で合意した日米共同声明は、「総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素であると述べた」ことを確認したのである。

 まあ、中国が核兵器を保有したり、台湾に武力行使すると宣言したり、北朝鮮が無法な殺戮事件を繰り返したり、その後、情勢が大きく変化した。だから、そういう見地が国民のなかに浸透するには、それなりの根拠があったとは思う。

 そして、民主党政権も、台湾問題などへの認識という点では、自民党政権と本質的な変化はないように見える。海兵隊の普天間基地は、日本に対する侵略を抑止するのではなく、まさに台湾海峡等に出動するために存在するものだが、それも含めて「日本の安全」なのだという認識である。

 そういう国民的な認識が変化するには、ただ安保条約を廃棄するというだけでは、おそらく足りない。中国や北朝鮮の軍事力をどうするのかセットで提言を出せないと、難しいのだと思う。

 けれども、台湾海峡に出動する普天間基地の機能が必要だという見地にたっても、それが日本にある必然性はないのだ。そして、よく辺野古しか現実味がないという人がいるけれど、自民党政権があれだけアメとムチで何年かけても、何の進展もないのだから、いちばん現実味のないのが県内移設なのだ。

 鳩山さん、最後は自分が案を出すそうだが、どんなものになるのか。数日前、この記事でとりあげたエルドリッジ案にのっかる可能性があるかもしれない。最近、この案の存在を、ある人から知らされたみたいだし。

 沖縄海兵隊の外交政策部次長の案だということになると、アメリカ側も簡単にはねつけられないだろう。この問題からは目が離せない。


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普天間再論、正念場は二度ない・上

 普天間問題は、日米の閣僚級協議会にゆだねられている。議論するのは当然だが、議論になるのだろうか。

 だって、アメリカ側は、辺野古移転で一致している。日本側の出席者は、辺野古案の防衛大臣と嘉手納案の外務大臣。これでは、県外・国外移設など、合意しようがないではないか。

 先日、この問題で屈してしまったら、民主党政権も自民党の時と同様、アメリカいいなりになってしまうと警告した。そのことを少し詳しく。

 いま問題になっている核密約は、アメリカの外交文書の添付資料としてみつかった。そのもともとの文書は、1966年に米国務省と国防総省が共同して作成したもので、「日本と琉球諸島における合衆国の基地権の比較」という。

 この文書では、60年に新安保条約が結ばれ、形の上では日米関係が対等になったにもかかわらず、旧安保条約での米軍の特権が受け継がれた事情が書かれてある。それは、「慣行」によるものだというのが、アメリカの解釈である。核持ち込みも、日本側の黙認にもとづく「慣行」として受け継がれたというのである。

 「核兵器積載の米艦船が日本の港湾に寄港する慣行は、1960年以前に確立されたものであった。合衆国の条約交渉担当者たちは、日本のトップの政府関係者たちが米艦船によってときおり核兵器が日本の領海に持ち込まれていることにうすうす気づいていながら問題の真相をつきとめようとはしないことを、強く印象づけられた。その後、ワシントンの合衆国当局者たちは、『現行の手続き』には装備にかんする慣行が含まれるものと解釈し、岸首相はこの解釈を無言のうちに受け入れているものと受けとめた」


 要するに、「装備」(核兵器)にかんする慣行(核搭載艦船の寄港)があり、それを日本側が問題にしない。それどころか「無言」で事実上受け入れる。だから、いつまでも慣行が続くという構図なのだ。

 核問題だけではない。沖縄が72年に返還され、本土並みになったはずである。しかし、アメリカ側は、沖縄では直接占領時の「慣行」が継続するという立場だ。

 たとえば、この文書の序論は、施政権を返還し、本土並の地位協定が沖縄駐留米軍に適用されることになっても、「沖縄においては、日本本土では確立されていないある種の慣行と結びつくことによって、よリ制約的な影響なしに(地位協定が)適用される」としている。同じ地位協定によって規律されるはずなのに、「慣行」の存在によって、沖縄と本士では協定適用の実態が異なってくるというのだ。沖縄の苦悩の根源が見えてくる。

 だから、これを打ち破るには、いまがチャンスなのである。政権が変わり、アメリカに抗議しないという「慣行」、無言で黙認するという「慣行」をなくす絶好の機会なのだ。

 逆に、ここで自民党と同じ態度をとったら、これまでと同じだ。アメリカは、民主党政権にも「慣行」が受け継がれたとして、横暴な態度をとるだろう。

 民主党は、本当に、正念場を迎えている。最後の正念場だ。


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拉致2 左右の垣根を超える対話集

 もう1冊、本日入稿したのが、コレ。言わずとしれた、『拉致 左右の垣根を超えた闘いへ』(何と、8刷りですよ!)の第2弾である。
拉致カバー

 蓮池さんの対談相手(池田香代子さん、鈴木邦男さん、森達也さん)が豪華でしょ。だから、本の帯には、3人の顔写真。
拉致 2 帯決定

 最初の本、マスコミは「こんな本を紹介したら家族会から出入り禁止になる」と、及び腰だった。でも、拉致問題に心を痛め、何とか現状を打開したいと考える人びとは、とても敏感に反応してくれた。

 市民団体や書店などがただちに企画を練り、対談が実現する。まあ、蓮池さんのことを怖い方だと思って、単独で呼ぶのにちゅうちょしたということもあったようだけど(実際に接してみると、こんなに腰が低くて誠実な方はいないと、誰もが実感するはずだ)。

 いまでは、ホントにいろいろなところに招かれるようになった。人権団体とか、キリスト教や仏教など宗教団体とか、九条の会をはじめ平和団体とか、朝鮮・韓国関係の団体とか。

 蓮池さんの予定は、来年春まで、びっしり埋まっている。私のブログを見て、メールで申し込んでくる九条の会もあるしね。

 先日、東京の九条の会の連絡会が、豊島公会堂で蓮池さんをお呼びした。それに参加した私の友人は、「蓮池透さんのお話は、9条にもとづく平和的・対話的解決に新たな確信と勇気を与え、そのまま映画やテレビドラマにしたら大反響間違いなしの感動を与えるものでした」と興奮してメールをくれた。本も100冊完売だったしね。

 ということで、前回の本の出版が、少しは局面を動かしつつあると感じる。今回の本は、まさに左右の垣根を超えた対話が実現している姿を提示することにより、さらに局面を変えるものにしたいと考える。

 そして、この『拉致』も、第2弾、第3弾を考えている。出すごとに、拉致問題の解決へ、扉をこじあけるようなものにしたい。


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首長たちはなぜ「頑固に九条」なのか

 本日、2つの本を校了し、明日、印刷所に入稿する。書店に並ぶのは12月中旬からかな。ということで、きょうは、その1冊目。

 このブログ記事のタイトルは、本のサブタイトル。本の主タイトルは、写真のように、「憲法九条は自治体の宝」だ。この間、数回、紹介した。
自治体

 書店向けのチラシをつくったのだけれど、それで主旨が伝わると思う。以下の通りだ。

 昨年初め、宮城県でその会は発足した。
 「憲法九条を守る首長の会」
 県内のなだたる(元)市町村長がなを連ねた。
 保守系も革新系も入っている。
 地元紙(河北新報)は、こう報道した。
 「住民生活の向上を政治判断の最大基準にしなければならない市町村長の経験者だからこそ、九条改正に厳しい目を向けざるを得ないということだろうか」


 保守も革新も無党派も、
 住民の安心・安全のためなら、みんなで九条──
 護憲問題への新しいアプローチだ。


 地方自治体の公務員とか労働組合にも買ってほしいな。問い合わせがあれば、チラシをお送りします。

 じつは、この本、「みんなで九条」の第一弾。次も準備されている。サブタイトルをつけるとすると、こうなる予定。

 「自民も、民主も、公明も、共産も、社民も、無党派も、みんなで九条」

 さて、どんな本でしょ。


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事業仕分けと関西3空港問題

 鳩山政権による事業仕分けが話題になっている。どんな事業であれ、受益者というものが存在するから、それを廃止するとか凍結するとかになれば、反対する人びとが出てくるのは当然だ。

 思いやり予算で対象にあがっている日本人従業員の給与だって、従業員と家族から見れば、とても賛成できるものではなかろう。なかなか難しい問題だと思う。

 ただ、賛否は別にして、問題の所在が鮮明になることもある。それが、関西空港への補給金等の凍結をめぐる問題である。

 この凍結によって、関空会社の資金繰りは、重大な影響を受けるだろう。それが大阪府の財政等にも波及してくるかもしれない。

 だが、関空の不振の重要な要因が、あの狭い地域に関空、伊丹、神戸という3つもの空港が乱立することにあるのは、誰が見ても当然である。3空港のあり方を整理しない限り補給金の支給を凍結すべきだとの事業仕分け人の多数意見は、的を射ていると感じる。

 もともと3つなんて無理だったのだ。最後にできた神戸空港を推進した人たちには、重大な責任がある。

 需要が足りていれば、空港反対というのは、土地の接収とか騒音とか、そういう立場だけのものだった。何らかの補償で乗り切れる問題だったのだ。公共的な利益という錦の御旗があったから。大多数の受益者と少数の被害者という構図。

 だが、十分に利用者には使われず、赤字になるのに空港をつくってしまった。受益者は減り、被害者(税金の無駄遣いによる)が増大する。その結果、地域住民全体にかかわる大問題になってしまった。そして、住民の間で分断が起きる。

 この問題は、個別の地域で争点にしても、絶対に解決しない。3つもつくるという誤りを犯した政府が、誤りを率直に認め、そのうちの1つを自分の責任で廃止するというくらいの決断をし、廃止する対象の自治体と住民に謝罪するしかないと思うのだ。その結果、補償問題なども生じるだろうが、これだけの誤りを犯したのだから当然である。

 誤った政策のツケで住民が分断されるのはまっぴらゴメン。一刻も早い解決を望む。


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プロフィール

Author:松竹伸幸
(まつたけ・のぶゆき)
日本平和学会会員(日本外交論)
某地方出版社東京オフィス所長

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