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多様性は改憲派も同じ

 まあ、この記事のタイトルの通りである。いろんな方がいるので、私は、護憲か改憲かというのは、平和か戦争かとか、対話か圧力かとか、外交か戦争かとかを分ける基準にはならないと思っている。

 たとえば、改憲することによって、アメリカに対してもっと自立したい、対等になりたいという方もおられる。日米安保条約をそのままで改憲して、その意図が達成できるとは思わないが、そういう気持ちは共感できるものである。

 あるいは、自衛隊の存在を認めるなら、憲法に自衛隊のことを書き込むことくらい、いいじゃないかという意見もある。現行9条はそのままにして、第3項に、理想が実現するまでの暫定的措置として自衛隊を置くなどという意見もある。

 後者などは、憲法を変えるかどうかは別にして、自衛隊をどうするかという実際の過程については、ほとんど私の見解と変わらないので、とても悩ましい。批判する気にはなれない。

 そもそも、私自身、20年ほど前までは、独立国家である日本が軍隊を持てるように改憲するのは、選択肢としてあり得ると考えていた。安保条約があるままでは、アメリカの戦争に加担させられるだけだから改憲には反対するが、安保を廃棄した後では、そういう方向での議論を起こすべきだというのが、私の見解だった。

 その後、私は考え方を変えたわけだ。でも、だから、独立国家が憲法で軍隊を明記するという考え方を持つ人々の気持ちはわかるから、そういう人々を好戦的で、対話を嫌っていて、軍国主義的でなどと批判する気にはなれない。

 ただ、私にも一貫していることがある。それは、最近ではイラク戦争とか、かつてはベトナム戦争のように、アメリカの違法な戦争に自衛隊が参戦してはいけないということである。

 そういう目的のために改憲しようという人がいれば、それはきびしく批判する。でも、そういう人々は、かなり少数であろう。

 だから、改憲派の人々のほとんどとは、真摯に話し合えると思う。そうしなければならないと思う。それが、私がブログをやっている理由でもある。


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護憲派の多様性

 コメント欄、あまり直接に参加することはないが、いろいろと勉強になる。多様な見解を知ることは、リアルな出版の世界で役にたっていると思う。

 でも、不思議だと思うことも、たくさんある。たとえば、護憲派は自衛隊を否定しているという見解だ。

 ご存じのように、いろいろな世論調査では、9条をそのまま維持するという声が約半数を占める。わかりやすく、100人がいれば50人ということにしておこう。これが護憲派である。

 一方、自衛隊を廃止するという声は、最近の調査はあまりないが、せいぜい1%だ。100人いたとして1人。縮小派を加えても数人というところである。

 ということは、ここに護憲派が100人いたとして、そのなかで自衛隊廃止を求めている人は、2人ということになる。縮小派が10数人という程度だろう。

 つまり、護憲派の圧倒的多数は、自衛隊のことを当然のこととして認めているのである。自衛隊を否定する護憲派は、わずか2%ほどであって、護憲派のなかでは肩身の狭い思いをしているわけだ。

 ところが、ブログの世界では、護憲派といえば自衛隊を否定する輩だということになっている。なぜなんだろう。

 私なんか、このブログで、国防でも国際貢献でも自衛隊を活用する立場を何回も表明している。それなのに、自衛隊否定こそ護憲派の本流であるという思い込みからだろうか、私のこともその一員に加える人がいる。

 結局、あまり読まれてないのかな。読んでいても、思い込みがあると、その思い込みと異なる記述は、頭に入ってこないのかな。

 でも、まあ、いいのか。護憲派のわずか2%に批判が集中していて、圧倒的多数の護憲派は批判されていないということだから。護憲派は伸びるはずだよね。


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安保と憲法で4回の講演(東京)

 どうしたんでしょうか。この2月、3月、講演依頼が相次ぎました。

 依頼されたテーマは、どれも安保と憲法にかかわる問題です。普天間問題とかかわって安保への関心が広がっていること、同時に、では憲法9条で安全保障が可能なのかという不安があることが、この背景にあると思います。

 ということで、同じ分野のテーマですが、それぞれ接近方法を変えてみたいと感じました。4回を、以下のように分けてみるつもりです。

 第1回(2月24日、千代田区)
  なぜ、日本はアメリカのいいなりなのか?
 第2回(3月05日、目黒区) 
  日本とアメリカの政権交代と憲法問題
 第3回(3月10日、荒川区) 
  安保条約の廃棄を多数派にするために
 第4回(3月26日、目黒区) 
  憲法9条下の安全保障のあり方を考える

 主催者はバラバラです。ジャーナリスト会議だったり、革新懇だったり、9条の会だったり。参加ご希望の方は私にメールをください。


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安保破棄は多数派になるか・完

 このテーマは今年の焦点だ。普天間あり、核密約あり、民主党政権ができたおかげで、自民党のときとは異なる局面を迎えている。

 だから、これからも記事を書き続ける。だけど、連載としては、いちおう終わっておこう。

 この記事を書くに至った直接のきっかけは、共産党の大会決議だった。安保廃棄と北朝鮮問題の解決を「一体」のものとしてとらえる角度は、私には新鮮だった。

 ところが、この部分が、あまり注目されない。討論のなかでもだが、マスコミを見渡しても、大会終了後、朝日新聞がそれなりのスペースをとって論評したくらいだった。

 私は、安保廃棄の世論がなかなか広がらないことに、ずっと憂慮している。それをどうすればいいか、いつも考えている。

 世論が広がらない原因が左翼にあるとは思わない。マスコミの責任は大きいだろう。

 けれども、マスコミはマスコミで、いつの時代もその程度だ。批判を受けてマスコミが変身するとは思わない。安保を容認している人に対して、それはマスコミの悪影響だと説得して、考えが変わるとも思わない。

 私は、人というのは、安保容認論と安保廃棄論と、その両方を聞いた上で、自分の考え方を決めていると思う。物量的には廃棄論は少ないだろうが、目にしないことはない。

 そして、人が変わるのは、物量的には少なくても、マスコミが言っていることより何倍も説得力あることを、左翼の側が提示できたときだ。そのためには、現在の考え方、その表現の仕方、行動のありようについて、つねに見直し、ブラッシュアップしなければならない。反体制派である左翼の宿命のようなものだ。

 しかし、それに成功すれば、世論のありようも変わる。そうしたら、マスコミは世論から乖離し、読者離れが起きて経営的にも苦しくなり、遅まきながら変わっていくかもしれない。

 そういう角度から見て、安保廃棄という点で私の同志にあたる共産党の今回の提起は、とても新鮮だったわけだ。同志として、それを正面から受け止め、さらに深め、実践しなければならないと思った。

 それは、新しい分野への挑戦だから、間違いもあるだろう。だが、それが間違いかどうかだって、じつは実践してみなければわからないのだ。

 新しい問題が提起されたときは、「それは方針からはずれている」などとちゅうちょせず、いろいろな試行錯誤をしてみるべきだ。そこから、新しい認識が生まれてくる。

 と、私は思うのだ。でも、そう思わない人もいるんだろうな。けれど、お互い、間違いだと批判しあわないで、それぞれ努力してみようね。実践が答えを出してくれるでしょ。


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マルクス憲法本、表紙ができた

 はい。ご覧のとおりです。

マルクス本

 出版は、予定通り、3月中旬です。

 プレゼントに当選された方には、たぶん、3月10日(水)、メール便で発送します。お待ちください。


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レーニンと国際連盟規約

 ちょっと途切れたが、社会主義が歴史の中で達成したものを、資料で紹介するシリーズ。今回はこれである。

 戦争のやり方をただそうということは、19世紀から努力がはじまった。非人道的な兵器は使わないとか、戦争する場合は開戦の宣言が必要だとか、そんな種類のことである。

 一方、戦争そのものを回避しよう、規制しよう、禁止しようという努力は、ようやく20世紀になってからのものである。その最初のものが国際連盟規約であることには、おおかたの異論はないであろう。

 国際連盟規約は、「戦争に訴えざる」(前文)ことを、加盟国の義務として定めた。国交断絶にいたる恐れがある紛争が発生したときは、裁判に付さねばならないこと、判決後三カ月は戦争してはならないこと、義務違反を犯した国には共同で制裁することなどを定めた。

 この国際連盟規約、教科書的には、アメリカのウィルソンの手によるものである。第一次大戦中、ウィルソンが公海の自由や民族自決などを掲げた「14ヵ条」を公表し、その影響下で作られたというわけである。

 それはその通りなのだが、その「14ヵ条」自体が、レーニンなくしては出てこないものであった。日本とイギリス、二人の研究者の証言をあげておきたい。

 「レーニンらのボリシェビキは、11月、政権を獲得し、『平和に関する布告』を発表して無併合・無償金・民族自決の原則に基づく交渉による講和を追求し始める。彼らは、ツアーリのロシアが結んだ秘密条約を公表しようとする。ウィルソンの新外交にとって、これはわが意を得たことであったが、それ以上に挑戦状であった。レーニンの目指していたような社会変革をウィルソンは望んでいなかったからである。挑戦者に負けまいとして、ウィルソンが1918年1月、公表したのが、公海の自由・秘密外交の廃止・民族自決などをうたうかの『14ヵ条』だった」(西川正雄・南塚信吾『帝国主義の時代』講談社)


 「こうして、革命のつぎの日の第2回全ロシア・ソビエト大会で承認された平和布告は、……ちょうど2カ月後に発せられた14ヵ条の直接的先駆とみなされるに足るものとなった。実際、ウィルソンの14ヵ条演説をうみだすうえでこの宣言が間接的に果たした役割は、十分に証拠立てられている。それは、『すべての交戦国の国民とその政府』に向けられて世界中に放送された、講和の即時締結の提案であった」(E・H・カー『ボリシェビキ革命』第3巻)


 レーニンは、国際連盟については、かなり批判的な評価を残している。しかし、その国際連盟は、レーニンなくしては結成されなかったわけである。


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ようやく出来たアフガン伊勢崎本

 できました。本屋にならぶのは再来週かな。

アフガン

 先日、できた本を、伊勢崎さんにお届けした。ユニセフで国際協力論の講義をするということで、本部のある品川まで。

 伊勢崎さんのように武装解除の仕事をしたいということで、30人近い方が受講している。ほとんどが20歳台で、女性の方が多い。すごいな。

 その時にも話題になったのだがが、この本、いい局面で出る。アフガン問題の打開策が国際的に動き始めているときだから。

 昨日も、伊勢崎さんの話を聞いたという方から、私の職場に電話がかかってきた。何か手助けしたい、伊勢崎構想を支援する市民運動みたいなものは、どこかに存在しないのかと。

 まあ、そんなものは、まだない。それどころか、構想が動き始めたら、非武装自衛隊派遣反対の市民運動が起こりかねないわけだから、是非、本を購入し、周りの方々にひろげ、世論を喚起してほしいとお願いした。

 アフガンの現状、打開策を考えてる人にも、まだあまり知られていない。だから、この本、世論形成のうえで不可欠なものとなる。

 たとえば、先日のロンドン会議の報道を見ると、憲法を遵守する人は和解対象だとしたアフガン政府の方針を、肯定的にとらえるものもあった。でも、果たして、それでいいんだろうか。

 現在のアフガン憲法は、西側の価値観を大幅に取り入れたものである。だから、女性の人権も、男性と同様に保障されている。

 我々は、それがふつうだから、それでいいじゃないかと思う。でも、タリバンは、異なる価値観を持っている。

 だから、憲法遵守という条件をつけることは、組織としてのタリバンを排除するということにならざるを得ない。もしかしたら、タリバンを抜けてきたら和解の対象になるということで、分断策としてかえって警戒されるかもしれない。

 ということで、昨年11月末の伊勢崎さん主導の会議では、憲法を改正したらどうかという話も出たそうだ。憲法を改正した国の経験も披露されたらしい。

 これからも、複雑な動きが出てくるのだろうと思う。その際、是非、この本に立ち返ってほしい。


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プロフィール

Author:松竹伸幸
(まつたけ・のぶゆき)
日本平和学会会員(日本外交論)
某地方出版社東京オフィス所長

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